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  風野又三郎

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九月一日

どっどどどどうど どどうど どどう、
ああまいざくろも吹きとばせ
すっぱいざくろもふきとばせ
どっどどどどうど どどうど どどう

谷川の岸に小さな四角な学校がありました。

学校といっても入口とあとはガラス窓の三つついた教室がひとつあるきりでほかには溜<たま>りも教員室もなく運動場はテニスコートのくらゐでした。

先生はたった一人で、五つの級を教へるのでした。それはみんなでちゃうど二十人になるのです。三年生はひとりもありません。

さはやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光は運動場いっぱいでした。黒い雪袴<ゆきばかま>をはいた二人の一年生の子がどてをまはって運動場にはひって来て、まだほかに誰<たれ>も来てゐいなのを見て
「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかはるがはる叫びながら大悦<おおよろこ>びで門をはひって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合せてぶるぶるふるへました。がひとりはたうとう泣き出してしまひました。といふわけはそのしんとした朝の教室のなかにどこから来たのか、まるで顔も知らないをかしな赤い髪の子供がひとり一番前の机にちゃんと座ってゐたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。もひとりの子ももう半分泣きかけてゐましたが、それでもむりやり眼をりんと張ってそっちの方をにらめてゐましたら、ちゃどそのとき川上から
「ちゃうはあぶどり、ちゃうはあぶどり」と高く叫ぶ声がしてそれからいなづまのやうに嘉助<かすけ>が、かばんをかゝへてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから佐太郎だの耕助だのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまへて云ひました。するとその子もわあと泣いてしまひました。をかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛のをかしな子がすましてしゃんとすわってゐるのが目につきました。みんなはしんとなってしまひました。だんだんみんな女の子たちも集って来ましたが誰も何とも云へませんでした。赤毛の子どもは一向こはがる風もなくやっぱりじっと座ってゐます。すると六年生の一郎が来ました。一郎はまるで坑夫のやうにゆっくり大股にやってきて、みんなを見て「何した」とききました。みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指しました。一郎はしばらくそっちを見てゐましたがやがて鞄<かばん>をしっかりかゝへてさっさと窓の下へ行きました。みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「誰<たれ>だ、時間にならなぃに教室へはひってるのは。」一郎は窓へはひのぼって教室の中へ顔をつき出して云ひました。

「先生にうんと叱<しか>らへるぞ。」窓の下の耕助が云ひました。

「叱らへでもおら知らなぃよ。」嘉助が云ひました。

「早ぐ出はって来、出はって来。」一郎が云ひました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室<へや>の中やみんなの方を見るばかりでやっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛に座ってゐました。

ぜんたいその形からが実にをかしいのでした。変てこな鼠<ねずみ>いろのマントを着て水晶かガラスか、とにかくきれいなすきとほった沓<くつ>をはいてゐました。それに顔と云ったら、まるで熟した苹果<りんご>のやう殊に眼はまん円でまっくろなのでした。一向語<ことば>が通じないやうなので一郎も全く困ってしまひました。

「外国人だな。」「学校さ入るのだな。」みんなはがやがやがやがや云ひました。ところが五年生の嘉助がいきなり「あゝ、三年生さ入るのだ。」と叫びましたので
「あゝ、さうだ。」と小さいこどもらは思ひましたが一郎はだまってくびをまげました。

変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけきちんと腰掛けてゐます。ところがをかしいことは、先生がいつものキラキラ光る呼子笛を持っていきなり出入口から出て来られたのです。そしてわらって
「みなさんお早う。どなたも元気ですね。」と云ひながら笛を口にあててピルルと吹きました。そこでみんなはきちんと運動場に整列しました。

「気を付けっ」みんな気を付けをしました。けれども誰の眼もみんな教室の中の変な子に向いてゐました。先生も何があるのかと思ったらしく、ちょっとうしろを振り向いて見ましたが、なあになんでもないといふ風でまたこっちを向いて
「右ぃおいっ」と号令をかけました。ところがをかしな子どもはやっぱりちゃんとこしかけたまゝきろきろこっちを見てゐます。みんなはそれから番号をかけて右向けをして順に入口からはひりましたが、その間中も変な子供は少し額に皺<しわ>を寄せて〔以下原稿数枚なし〕

と一郎が一番うしろからあまりさわぐものを一人づつ叱りました。みんなはしんとなりました。
「みなさん休みは面白かったね。朝から水泳ぎもできたし林の中で鷹<たか>にも負けないくらゐ高く叫んだりまた兄さんの草刈りについて行ったりした。それはほんたうにいゝことです。けれどももう休みは終りました。これからは秋です。むかしから秋は一番勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんも今日から又しっかり勉強しませう。みなさんは休み中でいちばん面白かったことは何ですか。」

「先生。」と四年生の悦治が手をあげました。

「はい。」

「先生さっきたの人あ何だったべす。」

先生はしばらくをかしな顔をして

「さっきの人…」
「さっきたの髪の赤いわらすだんす。」みんなもどっと叫びました。

「先生髪のまっ赤なをかしなやづだったんす。」

「マント着てたで。」

「笛鳴らなぃに教室さはひってたぞ。」

先生は困って
「一人づつ云ふのです。髪の赤い人がこゝに居たのですか。」

「さうです、先生。」〔以下原稿数枚なし〕

の山にのぼってよくそこらを見ておいでなさい。それからあしたは道具をもってくるのです。それではこゝまで。」と先生は云ひました。みんなもうあの山の上ばかり見てゐたのです。

「気を付けっ。」一郎が叫びました。「礼っ。」みんなはおじぎをするや否やまるで風のやうに教室を出ました。それからがやがやその草山へ走ったのです。女の子たちもこっそりついて行きました。けれどもみんなは山にのぼるとがっかりしてしまひました。みんながやっとその栗<くり>の木の下まで行ったときその変な子はもう見えませんでした。そこには十本ばかりのたけにぐさが先生の云ったとほり風にひるがへってゐるだけだったのです。けれども小さい方のこどもらはもうあんまりその変な子のことばかり考へてゐたもんですからもうそろそろ厭<あ>きてゐました。

そしてみんなはわかれてうちへ帰りましたが一郎や嘉助は仲々それを忘れてしまふことはできませんでした。

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九月二日

次の日もよく晴れて谷川の波はちらちらひかりました。

一郎と五年生の耕一とは、丁度午后二時に授業がすみましたので、いつものやうに教室の掃除をして、それから二人一緒に学校の門を出ましたが、その時二人の頭の中は、昨日の変な子供で一杯になってゐました。そこで二人はもう一度、あの青山の栗の木まで行って見ようと相談しました。二人は鞄をきちんと背負ひ、川を渡って丘をぐんぐん登って行きました。

ところがどうです。丘の途中の小さな段を一つ越えて、ひょっと上の栗の木を見ますと、たしかにあの赤髪の鼠色のマントを着た変な子が草に足を投げ出して、だまって空を見上げてゐるのです。今日こそ全く間違ひありません。たけにぐさは栗の木の左の方でかすかにゆれ、栗の木のかげは黒く草の上に落ちてゐます。

その黒い影は変な子のマントの上にもかかってゐるのでした。二人はそこで胸をどきどきさせて、まるで風のやうにかけ上りました。その子は大きな目をして、じっと二人を見てゐましたが、逃げようともしなければ笑ひもしませんでした。小さな唇<くちびる>を強さうにきっと結んだまゝ、黙って二人のかけ上って来るのを見てゐました。

二人はやっとその子の前まで来ました。けれどもあんまり息がはあはあしてすぐには何も云へませんでした。耕一などはあんまりもどかしいもんですから空へ向いて、「ホッホウ。」と叫んで早く息を吐いてしまはうとしました。するとその子が口を曲げて一寸<ちよつと>笑ひました。

一郎がまだはあはあ云ひながら、切れ切れに叫びました。

「汝<うな>ぁ誰<たれ>だ。何だ汝<うな>ぁ。」

するとその子は落ちついて、まるで大人のやうにしっかり答へました。

「風野又三郎。」

「どこの人だ、ロシヤ人か。」

するとその子は空を向いて、はあはあはあはあ笑ひ出しました。その声はまるで鹿<しか>の笛のやうでした。それからやっとまじめになって、
「又三郎だい。」とぶっきら棒に返事しました。

「あゝ風の又三郎だ。」一郎と耕一とは思はず叫んで顔を見合せました。

「だからさう云ったぢゃないか。」又三郎は少し怒ったやうにマントからとがった小さな手を出して、草を一本むしってぷいっと投げつけながら云ひました。

「そんだらあっちこっち飛んで歩くな。」一郎がたづねました。

「うん。」

「面白いか。」と耕一が言ひました。すると風の又三郎は又笑ひ出して空を見ました。

「うん面白い。」

「昨日何<な>して逃げた。」

「逃げたんぢゃないや。昨日は二百十日だい。本当なら兄さんたちと一緒にずうっと北の方へ行ってるんだ。」

「何<な>して行かなかった。」

「兄さんが呼びに来なかったからさ。」

「何て云ふ、汝<うな>の兄<あい>なは。」

「風野又三郎。きまってるぢゃないか。」又三郎は又機嫌<きげん>を悪くしました。

「あ、判<わか>った。うなの兄なも風野又三郎、うなぃのお父さんも風野又三郎、うなぃの叔父<をぢ>さんも風野又三郎だな。」と耕一が言ひました。

「さうさう。さうだよ。僕<ぼく>はどこへでも行くんだよ。」

「支那<しな>へも行ったか。」

「うん。」

「岩手山へも行ったが。」

「岩手山から今来たんぢゃないか。ゆふべは岩手山の谷へ泊ったんだよ。」

「いゝなぁ、おらも風になるたぃなぁ。」

すると風の又三郎はよろこんだの何のって、顔をまるでりんごのやうにかゞやくばかり赤くしながら、いきなり立ってきりきりきりっと二三べんかゝとで廻りました。鼠色のマントがまるでギラギラする白光りに見えました。それから又三郎は座って話し出しました。

「面白かったぞ。今朝のはなし聞かせようか、そら、僕は昨日の朝こゝに居たらう。」

「あれから岩手山へ行ったな。」耕一がたづねました。

「あったりまへさ、あったりまへ。」又三郎は口を曲げて耕一を馬鹿にしたやうな顔をしました。

「さう僕のはなしへ口を入れないで黙っておいで。ね、そら、昨日の朝、僕はこゝから北の方へ行ったんだ。途中で六十五回もゐねむりをしたんだ。」

「何<な>してそんなにひるねした?」

「仕方ないさ。僕たちが起きてはね廻ってゐようたって、行くところがなくなればあるけないぢゃないか。あるけなくなりゃ、ゐねむりだい。きまってらぁ。」

「歩けないたって立つが座<ねま>るかして目をさましてゐればいゝ。」

「うるさいねえ、ゐねむりたって僕がねむるんぢゃないんだよ。お前たちがさう云ふんぢゃないか。お前たちは僕らのじっと立ったり座ったりしてゐるのを、風がねむると云ふんぢゃないか。僕はわざとお前たちにわかるやうに云ってるんだよ。うるさいねえ。もう僕、行っちまふぞ。黙って聞くんだ。ね、そら、僕は途中で六十五回ゐねむりをして、その間考へたり笑ったりして、夜中の一時に岩手山の丁度三合目についたらう。あすこの小屋にはもう人が居ないねえ。僕は小屋のまはりを一ぺんぐるっとまはったんだよ。そしてまっくろな地面をじっと見おろしてゐたら何だか足もとがふらふらするんだ。見ると谷の底がだいぶ空<あ>いてるんだ。僕らは、もう、少しでも、空いてゐるところを見たらすぐ走って行かないといけないんだからね、僕はどんどん下りて行ったんだ。谷底はいいねえ。僕は三本の白樺<しらかば>の木のかげへはひってじっとしづかにしてゐたんだ。朝までお星さまを数へたりいろいろこれからの面白いことを考へたりしてゐたんだ。あすこの谷底はいゝねえ。そんなにしづかぢゃないんだけれど。それは僕の前にまっ黒な崖<がけ>があってねえ、そこから一晩中ころころかさかさ石かけや火山灰のかたまったのやが崩れて落ちて来るんだ。けれどもじっとその音を聞いてるとね、なかなか面白いんだよ。そして今朝少し明るくなるとその崖がまるで火が燃えてゐるやうにまっ赤なんだらう。さうさう、まだ明るくならないうちにね、谷の上の方をまっ赤な火がちらちらちらちら通って行くんだ。楢<なら>の木や樺の木が火にすかし出されてまるで烏瓜<からすうり>の燈籠<とうろう>のやうに見えたぜ。」

「さうだ。おら去年烏瓜の燈火<あがし>拵<こさ>へた。そして縁側へ吊<つる>して置いたら風吹いて落ちた。」と耕一が言ひました。

すると又三郎は噴き出してしまひました。

「僕お前の烏瓜の燈籠を見たよ。あいつは奇麗だったねい、だから僕がいきなり衝<つ>き当って落してやったんだ。」

「うわぁい。」

耕一はたゞ一言云ってそれから何ともいへない変な顔をしました。

又三郎はをおかしくてをおかしくてまるで咽喉<のど>を波のやうにして一生けん命空の方に向いて笑ってゐましたがやっとこらへて泪<なみだ>を拭<ふ>きながら申しました。

「僕失敬したよ。僕そのかはり今度いゝものを持って来てあげるよ。お前んとこへね、きれいなはこやなぎの木を五本持って行ってあげるよ。いゝだらう。」

耕一はやっと怒るのをやめました。そこで又三郎は又お話をつゞけました。

「ね、その谷の上を行く人たちはね、みんな白いきものを着て一番はじめの人はたいまつを待ってゐただらう。僕すぐもう行って見たくて行って見たくて仕方なかったんだ。けれどどうしてもまだ歩けないんだらう、そしたらね、そのうちに東が少し白くなって鳥がなき出したらう。ね、あすこにはやぶうぐひすや岩燕やいろいろ居るんだ。鳥がチッチクチッチクなき出したらう。もう僕は早く谷から飛び出したくて飛び出したくて仕方なかったんだよ。すると丁度いゝことにはね、いつの間にか上の方が大へん空いてるんだ。さあ僕はひらっと飛びあがった。そしてピゥ、たゞ一足でさっきの白いきものの人たちのとこまで行った。その人たちはね一列になってつゝじやなんかの生えた石からをのぼってゐるだらう。そのたいまつはもうみじかくなって消えさうなんだ。僕がマントをフゥとやって通ったら火がぽっぽっと青くうごいてね、たうとう消えてしまったよ。ほんたうはもう消えてもよかったんだ。東が琥珀<こはく>のやうになって大きなとかげの形の雲が沢山浮んでゐた。

『あ、たうとう消<け>だ。』と誰<たれ>かが叫んでゐた。をかしいのはねえ、列のまん中ごろに一人の少し年<とし>老<と>った人が居たんだ。その人がね、年を老って大儀なもんだから前をのぼって行く若い人のシャツのはじにね、一寸とりついたんだよ。するとその若い人が怒ってね、
『引っ張るなったら、先刻<さっき>たがらひで処<とこ>さ来るづどいっつも引っ張らが。』と叫んだ。みんなどっと笑ったね。僕も笑ったねえ。そして又一あしでもう頂上に来てゐたんだ。それからあの昔の火口のあとにはひって僕は二時間ねむった。ほんたうにねむったのさ。するとね、ガヤガヤ云ふだらう、見るとさっきの人たちがやっと登って来たんだ。みんなで火口のふちの三十三の石ぼとけにね、バラリバラリとお米を投げつけてね、もうみんな早く頂上へ行かうと競争なんだ。向ふの方ではまるで泣いたばかりのやうな群青<ぐんじやう>の山脈や杉ごけの丘のやうなきれいな山にまっ白な雲が所々かかってゐるだろう。すぐ下にはお苗代<なはしろ>や御釜<おかま>火口湖がまっ蒼<さを>に光って白樺の林の中に見えるんだ。面白かったねい。みんなぐんぐんぐんぐん走ってゐるんだ。すると頂上までの処にも一つ坂があるだらう。あすこをのぼるとき又さっきの年老りがね、前の若い人のシャツを引っぱったんだ。怒ってゐたねえ。それでも頂上に着いてしまふとそのとし老<よ>りがガラスの瓶<びん>を出してちひさなちひさなコップについでそれをそのぷんぷん怒ってゐる若い人に持って行って笑って拝むまねをして出したんだよ。すると若い人もね、急に笑ひ出してしまってコップを押し戻してゐたよ。そしておしまひたうとうのんだらうかねえ。僕はもう丁度こっちへ来ないといけなかったもんだからホウと一つ叫んで岩手山の頂上からはなれてしまったんだ。どうだ面白いだらう。」

「面白いな。ホウ。」と耕一が答へました。

「又三郎さん。お前<まい>はまだここらに居るのか。」一郎がたづねました。

又三郎はじっと空を見てゐましたが
「そうだねえ。もう五六日は居るだらう。歩いたってあんまり遠くへは行かないだらう。それでももう九日たつと二百二十日だからね。その日は、事によると僕はタスカロラ海床のすっかり北のはじまで行っちまふかも知れないぜ。今日もこれから一寸向ふまで行くんだ。僕たちお友達にならうかねえ。」

「はじめから友だちだ。」一郎が少し顔を赤くしながら云ひました。

「あした僕は又どっかであふよ。学校から帰る時もし僕がこゝに居たやうならすぐおいで。ね。みんなも連れて来ていゝんだよ。僕はいくらでもいゝことを知ってんだよ。えらいだらう。あ、もう行くんだ。さよなら。」

又三郎は立ちあがってマントをひろげたと思ふとフィウと音がしてもう形が見えませんでした。

一郎と耕一とは、あした又あふのを楽しみに、丘を下っておうちに帰りました。

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九月三日

その次の日は九月三日でした。昼すぎになってから一郎は大きな声で云ひました。

「おう、又三郎は昨日又来たぞ。今日も来るかも知れないぞ。又三郎の話聞きたいものは一緒にあべ。」

残ってゐた十人の子供らがよろこんで、

「わぁっ]と叫びました。

そしてもう早くもみんなが丘にかけ上ったのでした。ところが又三郎は来てゐないのです。みんなは声をそろへて叫びました。

「又三郎、又三郎、どうどっと吹いで来<こ>。」

それでも、又三郎は一向来ませんでした。

「風どうと吹ゐて来<こ>、豆呉<け>ら風どうと吹いで来<こ>。」

空には今日も青光りが一杯に漲<みな>ぎり、白いまばゆい雲が大きな環<わ>になって、しづかにめぐるばかりです。みんなは又叫びました。

「又三郎、又三郎、どうと吹いて降りで来<こ>。」

又三郎は来ないで、却<かへ>ってみんな見上げた青空に、小さな小さなすき通った渦巻が、みづすましの様に、ツイツイと、上ったり下ったりするばかりです。みんなは又叫びました。

「又三郎、又三郎、汝<うな>、何して早ぐ来ない。」

それでも又三郎はやっぱり来ませんでした。

ただ一疋の鷹<たか>が銀色の羽をひるがへして、空の青光を咽喉<のど>一杯に呑<の>みながら、東の方へ飛んで行くばかりです。みんなは又叫びました。

「又三郎、又三郎、早ぐ此<こ>さ飛んで来<こ>。」

その時です。あのすきとほる沓<くつ>とマントがギラッと白く光って、風の又三郎は顔をまっ赤に熱<ほて>らせて、はあはあしながらみんなの前の草の中に立ちました。

「ほう、又三郎、待ってゐたぞ。」

みんなはてんでに叫びました。又三郎はマントのかくしから、うすい黄色のはんけちを出して、額の汗を拭きながら申しました。

「僕ね、もっと早く来るつもりだったんだよ。ところがあんまりさっき高いところへ行きすぎたもんだから、お前達の来たのがわかってゐても、すぐ来られなかったんだよ。それは僕は高いところまで行って、そら、あすこに白い雲が環になって光ってゐるんだらう。僕はあのまん中をつきぬけてもっと上に行ったんだ。そして叔父さんに挨拶して来たんだ。僕の叔父さんなんか偉いぜ。今日だってもう三十里から歩いてゐるんだ。僕にも一緒に行かうって云ったけれどもね、僕なんかまだ行かなくてもいいんだよ。」

「汝<うな>ぃの叔父さんどごまで行く。」

「僕の叔父さんかい。叔父さんはね、今度ずうっと高いところをまっすぐに北へすすんでゐるんだ。叔父さんのマントなんか、まるで冷えてしまってゐるよ。小さな小さな氷のかけらがさらさらぶっかかるんだもの、そのかけらはここから見えやしないよ」

「又三郎さんは去年なも今頃<いまごろ>ここへ来たか。」

「去年は今よりもう少し早かったらう。面白かったねえ。九州からまるで一飛びに馳けて馳けてまっすぐに東京へ来たらう。そしたら丁度僕は保久大将の家を通りかかったんだ。僕はね、あの人を前にも知ってゐるんだよ。だから面白くて家の中をのぞきこんだんだ。障子が二枚はづれてね『すっかり嵐になった』とつぶやきながら障子を立てたんだ。僕はそこから走って庭へでた。あすこにはざくろの木がたくさんあるねえ。若い大工がかなづちを腰にはさんで、尤<もっと>もらしい顔をして庭の塀や屋根を見廻ってゐたがね、本当はやっこさん、僕たちの馳けまはるのが大変面白かったやうだよ。唇がぴくぴくして、いかにもうれしいのを、無理にまじめになって歩きまはってゐたらしかったんだ。

そして落ちたざくろを一つ拾って噛<かじ>ったらう、さあ僕はをおかしくて笑ったね、そこで僕は、屋敷の塀に沿って一寸戻ったんだ。それから俄<には>かに叫んで大工の頭を上をかけ抜けたねえ。

ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ、
甘いざくろも吹き飛ばせ
酸<す>っぱいざくろも吹き飛ばせ

ホラね、ざくろの実がばたばた落ちた。大工はあわてたやうな変なかたちをしてるんだ。僕はもう笑って笑って走った。

電信ばしらの針金を一本切ったぜ、それからその晩、夜どほし馳けてここまで来たんだ。

ここを通ったのは丁度あけがただった、その時僕は、あの高洞山<たかほらやま>のまっ黒な蛇紋岩<じやもんがん>に、一つかみの雲を叩きつけて行ったんだ。そしてその日の晩方にはもう僕は海の上にゐたんだ。海と云ったって見えはしない。もう僕はゆっくり歩いてゐたからね。霧が一杯にかかってその中で波がドンブラゴッコ、ドンブラゴッコ、と云ってるやうな気がするだけさ。今年だって二百二十日になったら僕は又馳けて行くんだ。面白いなあ。」

「ほう、いいなあ、又三郎さんだちはいいなあ。」

小さな子供たちは一緒に云ひました。

すると又三郎はこんどは少し怒りました。

「お前たちはだめだねえ。なぜ人のことをうらやましがるんだい。僕だってつらいことはいくらもあるんだい。お前たちにもいゝことはたくさんあるんだい。僕は自分のことを一向考へもしないで人のことばかりうらやんだり馬鹿にしてゐるやつらを一番いやなんだぜ。僕たちの方ではね、自分を外<ほか>のものとくらべることが一番はづかしいことになってゐるんだ。僕たちはみんな一人一人なんだよ。さっきも云ったやうな僕たちの一年に一ぺんか二へんの大演習の時にね、いくら早くばかり行ったって、うしろをふりむいたり並んで行くものの足なみを見たりするものがあると、もう誰<たれ>も相手にしないんだぜ。やっぱりお前たちはだめだねえ。外の人とくらべることばかり考へてゐるんぢゃないか。僕はそこへ行くとさっき空で遭<あ>った鷹<たか>がすきだねえ。あいつは天気の悪い日なんか、ずゐぶん意地の悪いこともあるけれども空をまっすぐに馳けてゆくから、僕はすきなんだ。銀色の羽をひらりひらりとさせながら、空の青光の中や空の影の中を、まっすぐにまっすぐに、まるでどこまで行くかわからない不思議な矢のやうに馳けて行くんだ。だからあいつは意地悪で、あまりいい気持はしないけれども、さっきも、よう、あんまり空の青い石を突っつかないでくれっ、て挨拶したんだ。するとあいつが云ったねえ、ふん青い石に穴があいたら、お前にも向ふ世界を見物させてやらうって云ふんだ。云ふことはずゐぶん生意気だけれども僕は悪い気がしなかったねえ。」

一郎がそこで云ひました。

「又三郎さん。おらはお前をうらやましがったんでないよ、お前をほめたんだ。おらはいつでも先生から習ってゐるんだ。本当に男らしいものは、自分の仕事を立派に仕上げることをよろこぶ。決して自分が出来ないからって人をねたんだり、出来たからって出来ない人を見くびったりさない。お前もさう怒らなくてもいい。」

又三郎もよろこんで笑ひました。それから一寸立ち上ってきりきりっとかかとで一ぺんまはりました。そこでマントがギラギラ光り、ガラスの沓がカチッ、カチッとぶっつかって鳴ったやうでした。又三郎はそれから又座って云ひました。

「さうだらう。だから僕は君たちもすきなんだよ。君たちばかりでない。子供はみんなすきなんだ。僕がいつでもあらんかぎり叫んで馳ける時、よろこんできゃっきゃっ云ふのは子供ばかりだよ。一昨日<をととひ>だってさうさ。ひるすぎから俄<には>かに僕たちがやり出したんだ。そして僕はある峠を通ったね。栗の木の青いいがを落したり、青葉までがりがりむしってやったね。その時峠の頂上を、雨の支度もしないで二人の兄弟が通るんだ、兄さんの方は丁度おまへくらゐだったらうかね。」

又三郎は一郎を尖<とが>った指で指しながら又言葉を続けました。

「弟の方はまるで小さいんだ。その顔の赤い子よりもっと小さいんだ。その小さな子がね、まるでまっ青になってぶるぶるふるへてゐるだらう。それは僕たちはいつでも人間の眼から火花を出せるんだ。僕の前に行ったやつがゐたづらして、その兄弟の眼を横の方からひどく圧<お>しつけて、たうとうパチパチ火花が発<た>ったやうに思はせたんだ。さう見えるだけさ、本当は火花なんかないさ。それでもその小さな子は空が紫色がかった白光をしてパリパリパリパリと燃えて行くやうに思ったんだ。そしてもう天地がいまひっくりかへって焼けて、自分も兄さんもお母さんもみんなちりぢりに死んでしまふと思ったんだい。かあいさうに。そして兄さんにまるで石のやうに堅くなって抱きついてゐたね。ところがその大きな方の子はどうだい。小さな子を風のかげになるやうにいたはってやりながら、自分はさも気持がいいといふやうに、僕の方を向いて高く叫んだんだ。そこで僕も少ししゃくにさはったから、一つ大あばれにあばれたんだ。豆つぶくらゐある石ころをばらばら吹きあげて、たたきつけてやったんだ。小さな子はもう本当に大声で泣いたねえ。それでも大きな子はやっぱり笑ふのをやめなかったよ。けれどたうとうあんまり弟が泣くもんだから、自分も怖くなったと見えて口がピクッと横の方へまがった、そこで僕は急に気の毒になって、丁度その時行く道がふさがったのを幸に、ぴたっとまるでしづかな湖のやうに静まってやった。それから兄弟と一緒に峠を下りながら横の方の草原から百合<ゆり>の匂<にほひ>を二人の方へもって行ってやったりした。

どうしたんだらう、急に向ふが空<あ>いちまった。僕は向ふへ行くんだ。さよなら。あしたも又来てごらん。又遭<あ>へるかも知れないから。」

風の又三郎のすきとほるマントはひるがへり、たちまちその姿は見えなくなりました。みんなはいろいろ今のことを話し合ひながら丘を下り、わかれてめいめいの家に帰りました。

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九月四日

「サイクルホールの話聞かせてやらうか。」

又三郎はみんなが丘の栗の木の下に着くやいなや、斯<こ>う云っていきなり形をあらはしました。けれどもみんなは、サイクルホールなんて何だか知りませんでしたから、だまってゐましたら、又三郎はもどかしさうに又言ひました。

「サイクルホールの話、お前たちは聴きたくないかい。聴きたくないなら早くはっきりさう云ったらいいぢゃないか。僕行っちまふから。」

「聴きたい。」一郎はあわてて云ひました。又三郎は少し機嫌を悪くしながらぼつりぼつり話しはじめました。

「サイクルホールは面白い。人間だってやるだらう。見たことはないかい。秋のお祭なんかにはよくそんな看板を見るだがなあ、自転車ですりばちの形になった格子の中を馳けるんだよ。だんだん上にのぼって行って、たうとうそのすりばちのふちまで行った時、片手でハンドルを持ってハンケチなどを振るんだ。なかなかあれでひどいんだらう。ところが僕等がやるサイクルホールは、あんな小さなもんぢゃない。尤も小さい時もあるにはあるよ。お前たちのかまいたちっていふのは、サイクルホールの小さいのだよ。」

「ほ、おら、かまいたぢに足切られたぞ。」

嘉助が叫けびました。

「何だって足を切られた? 本当かい。どれ足を出してごらん。」

又三郎はずゐぶんいやな顔をしながら斯<か>う言ひました。嘉助はまっ赤になりながら足を出しました。又三郎はしばらくそれを見てから、

「ふうん。」
と医者のやうな物の言ひ方をしてそれから、

「一寸<ちょっと>脈をお見せ。」
と言ふのでした。嘉助は右手を出しましたが、その時の又三郎のまじめくさった顔といったら、たうとう一郎は噴き出しました。けれども又三郎は知らん振りをして、だまって嘉助の脈を見てそれから云ひました。

「なるほどね、お前ならことによったら足を切られるかも知れない。この子はね、大へんからだの皮が薄いんだよ。それに無暗<むやみ>に心臓が強いんだ。腕を少し吸っても血が出るくらゐなんだ。殊にその時足をすりむきでもしてゐたんだらう。かまいたちで切れるさ。」

「何<な>して切れる。」一郎はたづねました。

「それはね、すりむゐたとこから、もう血がでるばかりにでもなってゐるだらう。それを空気が押して押さへてあるんだ。ところがかまいたちのまん中では、わり合<あひ>空気が押さないだらう。いきなりそんな足をかまいたちのまん中に入れると、すぐ血が出るさ。」

「切るのだないのか。」一郎がたづねました。

「切るのぢゃないさ、血が出るだけさ。痛くなかったらう。」又三郎は嘉助に聴きました。

「痛くなかった。」嘉助はまだ顔を赤くしながら笑ひました。

「ふん、そうだらう。痛いはずはないんだ。切れたんぢゃないからね。そんな小さなサイクルホールなら僕たちたった一人でも出来る。くるくるまはって走れぁいいからね。そうすれば木の葉や何かマントにからまって、丁度うまい工合<ぐあひ>かまいたちになるんだ。ところが大きなサイクルホールはとても一人ぢゃ出来あしない。小さいのなら十人ぐらゐ。大きなやつなら大人もはひって千人だってあるんだよ。やる時は大抵ふたいろあるよ。日がかんかんどこか一とこに照る時か、また僕たちが上と下と反対にかける時ぶっつかってしまふことがあるんだ。そんな時とまあふたいろにきまってゐるねえ。あんまり大きなやつは、僕よく知らないんだ。南の方の海から起って、だんだんこっちにやってくる時、一寸僕等がはゐるだけなんだ。ふうと馳けて行って十ぺんばかりまはったと思ふと、もうずっと上の方へのぼって行って、みんなゆっくり歩きながら笑ってゐるんだ。そんな大きなやつへうまくはゐると、九州からこっちの方まで一ぺんに来ることも出来るんだ。けれどもまあ、大抵は途中で高いとこへ行っちまふね。だから大きなのはあんまり面白かあないんだ。十人ぐらゐでやる時は一番愉快だよ。甲州ではじめた時なんかね。はじめ僕が八ッ岳の麓<ふもと>の野原でやすんでたらう。曇った日でねえ、すると向ふの低い野原だけ不思議に一日、日が照ってね、ちらちらかげらうが上ってゐたんだ。それでも僕はまあやすんでゐた。そして夕方になったんだ。するとあちこちから
『おいサイクルホールをやらうぢゃないか。どうもやらなけぁ、いけない様だよ。』ってみんなの云ふのが聞こえたんだ。

『やらう』僕はたち上って叫んだねえ、

『やらう』『やらう』声があっちこっちから聞えたね。

『いいかい、ぢゃ行くよ。』僕はその平地をめがけてピーッと飛んで行った。するといつでもさうなんだが、まっすぐに平地に行かさらないんだ。急げば急ぐほど右へまがるよ、尤<もつと>もそれでサイクルホールになるんだよ。さあ、みんながつづいたらしいんだ。僕はもうまるで汽車よりも早くなってゐた。下に富士川の白い帯を見てかけて行った。けれども間もなく、僕はずっと高いところにのぼって、しづかに歩いてゐたねえ。サイクルホールはだんだん向ふへ移って行って、だんだんみんなもはひって行って、ずゐぶん大きな音をたてながら、東京の方へ行ったんだ。きっと東京でもいろいろ面白いことをやったねえ。それから海へ行ったらう。海へ行ってこんどは竜巻<たつまき>をやったにちがひないんだ。竜巻はねえ、ずゐぶん凄<すご>いよ。海のには僕はひったことはないんだけれど、小さいのを沼でやったことがあるよ。丁度お前達の方のご維新前ね、日詰<ひづめ>の近くに源五沼といふ沼があったんだ。そのすぐ隣りの草はらで、僕等は五人でサイクルホールをやった。ぐるぐるひどくまはってゐたら、まるで木も折れるくらゐ烈<はげ>しくなってしまった。丁度雨も降るばかりのところだった。一人の僕の友だちがね、沼を通る時、たうとう機<はず>みで水を掬<すく>っちゃったんだ。さあ僕等はもう黒雲の中に突き入ってまはって馳けたねえ、水が丁度漏斗<じやうご>の尻<しり>のやうになって来るんだ。下から見たら本当にこはかったらう。

『ああ竜だ、竜だ。』みんなは叫んだよ。実際下から見たら、さっきの水はぎらぎら白く光って黒雲の中にはひって、竜のしっぽのやうに見えたかも知れない。その時友だちがまはるのをやめたもんだから、水はざあっと一ぺんに日詰の町に落ちかかったんだ。その時は僕はもうまはるのをやめて、少し下に降りて見てゐたがね、さっきの水の中にゐた鮒<ふな>やなまづが、ばらばらと往来や屋根に降ってゐたんだ。みんなは外へ出て恭恭しく僕等の方を拝んだり、降って来た魚を押し戴<いただ>ゐてゐたよ。僕等は竜ぢゃないんだけれども拝まれるとやっぱりうれしいからね、友だち同志にこにこしながらゆっくりゆっくり北の方へ走って行ったんだ。まったくサイクルホールは面白いよ。

それから逆サイクルホールといふのもあるよ。これは高いところから、さっきの逆にまはって下りてくることなんだ。この時ならば、そんなに急なことはない。冬は僕等は大抵シベリヤに行ってそれをやったり、そっちからこっちに走って来たりするんだ。僕たちがこれをやってる間はよく晴れるんだ。冬ならば咽喉を痛くするものがたくさん出来る。けれどもそれは僕等の知ったことぢゃない。それから五月か六月には、南の方では、大抵支那<しな>の揚子江<やうすかう>の野原で大きなサイクルホールがあるんだよ。その時丁度北のタスカロラ海床の上では、別に大きな逆サイクルホールがある。両方だんだんぶっつかるとそこが梅雨<つゆ>になるんだ。日本が丁度それにあたるんだからね、仕方がないや。けれどもお前達のところは割合北から西へ外れてるから、梅雨らしいことはあんまりないだらう。あんまりサイクルホールの話をしたから何だか頭がぐるぐるしちゃった。もうさよなら。僕はどこへも行かないんだけれど少し睡<ねむ>りたいんだ。さよなら。」

又三郎のマントがぎらっと光ったと思ふと、もうその姿は消えて、みんなは、はじめてほうと息をつきました。それからいろいろいまのことを話しながら、丘を下って銘銘わかれておうちへ帰って行ったのです。

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九月五日

「僕は上海<シヤンハイ>だって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙<だいだい>や青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突き出して云ひました。

「上海と東京は僕たちの仲間なら誰<たれ>でもみんな通りたがるんだ。どうしてか知ってるかい。」

又三郎はまっ黒な眼を少し意地わるさうにくりくりさせながらみんなを見まはしました。けれども上海と東京といふことは一郎も誰<たれ>も何のことかわかりませんでしたからお互しばらく顔を見合せてだまってゐましたら又三郎がもう大得意でにやにや笑ひながら言ったのです。

「僕たちの仲間はみんな上海と東京を通りたがるよ。どうしてって東京には日本の中央気象台があるし上海には支那の中華大気象台があるだらう。どっちだって偉い人がたくさん居るんだ。本当は気象台の上をかけるときは僕たちはみんな急ぎたがるんだ。どうしてって風力計がくるくるくるくる廻ってゐて僕たちのレコードはちゃんと下の機械に出て新聞にも載るんだらう。誰<たれ>だっていゝレコードを作りたいからそれはどうしても急ぐんだよ。けれども僕たちの方のきめでは気象台や測候所の近くへ来たからって俄<にはか>に急いだりすることは大へん卑怯<ひけふ>なことにされてあるんだ。お前たちだってきっとさうだらう、試験の時ばかりむやみに勉強したりするのはいけないことになってるだらう。だから僕たちも急ぎたくたってわざと急がないんだ。そのかはりほんたうに一生けん命かけてる最中に気象台へ通りかゝるときはうれしいねえ、風力計をまるでのぼせるくらゐにまわしてピーッとかけぬけるだらう、胸もすっとなるんだ。面白かったねえ、一昨年だったけれど六月ころ僕丁度上海に居たんだ。昼の間には海から陸へ移って行き夜には陸から海へ行ってたねえ、大抵朝は十時頃海から陸の方へかけぬけるやうになってゐたんだがそのときはいつでも、うまい工合に気象台を通るやうになるんだ。すると気象台の風力計や風信器や置いてある屋根の上のやぐらにいつでも一人の支那人の理学博士と子供の助手とが立ってゐるんだ。

博士はだまってゐたが子供の助手はいつでも何か言ってゐるんだ。そいつは頭をくりくりの芥子坊主にしてね、着物だって袖の広い支那服だらう、沓<くつ>もはいてるねえ、大へんかあいらしいんだよ、一番はじめの日僕がそこを通ったら斯<か>う言ってゐた。

「これはきっと颶風<ぐふう>ですね。ずゐぶんひどい風ですね。」

すると支那人の博士が葉巻をくはへたまゝふんふん笑って
「家が飛ばないぢゃないか。」
と云ふと子供の助手はまるで口を尖<とが>らせて、
「だって向ふの三角旗や何かぱたぱた云ってます。」といふんだ。博士は笑って相手にしないで壇を下りて行くねえ、子供の助手は少し悄気<しよげ>ながら手を拱<こまね>いてあとから恭々しくついて行く。

僕はそのとき二・五米と<メートル>いうレコードを風力計にのこして笑って行ってしまったんだ。

次の日も九時頃僕は海の霧の中で眼がさめてそれから霧がだんだん融<と>けて空が青くなりお日さまが黄金<きん>のばらのやうにかゞやき出したころそろそろ陸の方へ向ったんだ。これは仕方ないんだよ、お日さんさえ出たらきっともう僕たちは陸の方へ行かなけぁならないやうになるんだ、僕はだんだん岸へよって鴎<かもめ>が白い蓮華<れんげ>の花のやうに波に浮んでゐるのも見たし、また沢山のジャンクの黄いろの帆や白く塗られた蒸気船の舷<げん>を通ったりなんかして昨日の気象台に通りかゝると僕はもう遠くからあの風力計のくるくるくるくる廻るのを見て胸が踊るんだ。すっとかけぬけただらう。レコードが一秒五米と出たねえ、そのとき下を見ると昨日の博士と子供の助手とが今日も出て居て子供の助手がやっぱり云ってゐるんだ。

「この風はたしかに颶風<ぐふう>ですね。」

支那人の博士はやっぱりわらって気がないやうに、
「瓦<かはら>も石も舞い上らんぢゃないか。」と答へながらもう壇を下りかかるんだ。子供の助手はまるで一生けん命になって
『だって木の枝が動いてますよ。』と云ふんだ。それでも博士はまるで相手にしないねえ、僕もその時はもう気象台をずうっとはなれてしまってあとどうなったか知らない。

そしてその日はずうっと西の方の瀬戸物の塔のあるあたりまで行ってぶらぶらし、その晩十七夜のお月さまの出るころ海へ戻って睡<ねむ>ったんだ。

ところがその次の日もなんだ。その次の日僕がまた海からやって来てほくほくしながらもう大分の早足で気象台を通りかかったらやっぱり博士と助手が二人出てゐた。

『こいつはもう本たうの暴風ですね、』又あの子供の助手が尤<もつとも>らしい顔つきで腕を拱いてさう云ってゐるだらう。博士はやっぱり鼻であしらふといった風で
「だって木が根こぎにならんぢゃないか。」と云ふんだ。子供はまるで顔をまっ赤にして
『それでもどの木もみんなぐらぐらしてますよ。』と云ふんだ。その時僕はもうあとを見なかった。なぜってその日のレコードは八米だからね、そんなに気象台の所にばかり永くとまってゐるわけには行かなかったんだ。そしてその次の日だよ、やっぱり僕は海へ帰ってゐたんだ。そして丁度八時ころから雲も一ぱいにやって来て波も高かった。僕はこの時はもう両手をひろげ叫び声をあげて気象台を通った。やっぱり二人とも出てゐたねえ、子供は高い処なもんだからもうぶるぶる顫<ふる>へて手すりにとりついてゐるんだ。雨も幾つぶか落ちたよ。そんなにこはさうにしながらまだ斯<か>う云ってゐるんだ。

『これは本当の暴風ですね、林ががあがあ云ってますよ、枝も折れてますよ。』

ところが博士は落ちついてからだを少しまげながら海の方へ手をかざして云ったねえ
『うん、けれどもまだ暴風といふわけぢゃないな。もう降りやう。』僕はその語<ことば>をきれぎれに聴きながらそこをはなれたんだそれからもうかけてかけて林を通るときは木をみんな狂人のやうにゆすぶらせ丘を通るときは草も花もめっちゃめちゃにたゝきつけたんだ、そしてその夕方までに上海<シヤンハイ>から八十里も南西の方の山の中に行ったんだ。そして少し疲れたのでみんなとわかれてやすんでゐたらその晩また僕たちは上海から北の方の海へ抜けて今度はもうまっすぐにこっちの方までやって来るといふことになったんだ。そいつは低気圧だよ、あいつに従<つ>いて行くことになったんだ。さあ僕はその晩中あしたもう一ぺん上海の気象台を通りたいといくら考へたか知れやしない。ところがうまいこと通ったんだ。そして僕は遠くから風力計の椀<わん>がまるで眼にも見えない位速くまはってゐるのを見、又あの支那人<しなじん>の博士が黄いろなレーンコートを着子供の助手が黒い合羽<かつぱ>を着てやぐらの上に立って一生けん命空を見あげてゐるのを見た。さあ僕はもう笛のやうに鳴りいなづまのやうに飛んで
「今日は暴風ですよ、そら、暴風ですよ。今日は。さよなら。」と叫びながら通ったんだ。もう子供の助手が何を云ったかたゞその小さな口がぴくっとまがったのを見ただけ少しも僕にはわからなかった。

さうだ、そのときは僕は海をぐんぐんわたってこっちへ来たけれども来る途中でだんだんかけるのをやめてそれから丁度五日目にこゝも通ったよ。その前の日はあの水沢の臨時緯度観測所も通った。あすこは僕たちの日本では東京の次に通りたがる所なんだよ。なぜってあすこを通るとレコードでも何でもみな外国の方まで知れるやうになることがあるからなんだ。あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、さうさう、その時は丁度日本では入梅だったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物の屋根の上にやすんでゐたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡<ねむ>ったんだ。すると俄<には>かに下で
『大丈夫です、すっかり乾きましたから。』と云ふ声がするんだらう。見ると木村博士と気象の方の技手とがラケットをさげて出て来てゐたんだ。木村博士は痩<や>せて眼のキョロキョロした人だけれども僕はまあ好きだねえ、それに非常にテニスがうまいんだよ。僕はしばらく見てたねえ、どうしてもその技手の人はかなはないまるっきり汗だらけになってよろよろしてゐるんだ。あんまり僕も気の毒になったから屋根の上からじっとボールの往来をにらめてすきを見て置いてねえ、丁度博士がサーヴをつかったときふうっと飛び出して行って球を横の方へ外<そ>らしてしまったんだ。博士はすぐもう一つの球を打ちこんだねえ。そいつは僕は途中に居て途方もなく遠くへけとばしてやった。

『こんな筈<はず>はないぞ。』と博士は云ったねえ、僕はもう博士にこれ位云はせれば沢山だと思って観測所をはなれて次の日丁度こゝへ来たんだよ。ところでね、僕は少し向ふへ行かなくちゃいけないから今日はこれでお別れしやう。さよなら。」

又三郎はすっと見えなくなってしまひました。

みんなは今日は又三郎ばかりあんまり勝手なことを云ってあんまり勝手に行ってしまったりするもんですから少し変な気もしましたが一所に丘を降りて帰りました。

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九月六日

一昨日<をととひ>からだんだん曇って来たそらはたうとうその朝は低い雨雲を下してまるで冬にでも降るやうなまっすぐなしづかな雨がやっと穂を出した草や青い木の葉にそゝぎました。

みんなは傘<かさ>をさしたり小さな簑<みの>からすきとほるつめたい雫<しづく>をぽたぽた落したりして学校に来ました。

雨はたびたび霽<は>れて雲も白く光りましたけれども今日は誰<たれ>もあんまり教室の窓からあの丘の栗の木の処<ところ>を見ませんでした。又三郎などもはじめこそはほんたうにめづらしく奇体だったのですがだんだんなれて見ると割合ありふれたことになってしまってまるで東京からふいに田舎の学校へ移って来た友だちぐらゐにしか思はれなくなって来たのです。

おひるすぎ授業が済んでからはもう雨はすっかり晴れて小さな蝉<せみ>などもカンカン鳴きはじめたりしましたけれども誰も今日はあの栗の木の処へ行かうとも云はず一郎も耕一も学校の門の処で「あばへ。」と言ったきり別れてしまひました。

耕一の家は学校から川添ひに十五町ばかり溯<のぼ>った処にありました。耕一の方から来てゐる子供では一年生の生徒が二人ありましたけれどもそれはもう午前中に帰ってしまってゐましたし耕一はかばんと傘を持ってひとりみちを川上の方へ帰って行きました。みちは岩の崖<がけ>になった処の中ごろを通るのでずゐぶん度々山の窪<くぼ>みや谷に添ってまはらなければなりませんでした。ところどころには湧水<わきみづ>もあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄<あしだ>をぬいで傘と一緒にもって歩いて行きました。

まがり角を二つまはってもう学校も見えなくなり前にもうしろにも人は一人も居ず谷の水だけ崖の下で少し濁ってごうごう鳴るだけ大へんさびしくなりましたので耕一は口笛を吹きながら少し早足に歩きました。

ところが路<みち>の一とこに崖からからだをつき出すやうにした楢<なら>や樺<かば>の木が路に被<かぶ>さったとこがありました。耕一が何気なくその下を通りましたら俄<には>かに木がぐらっとゆれてつめたい雫<しづく>が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩からせなかから水へ入ったやうになりました。それほどひどく落ちて来たのです。

耕一はその梢<こずゑ>をちょっと見あげて少し顔を赤くして笑ひながら行き過ぎました。

ところが次の木のトンネルを通るとき又ざっとその雫が落ちて来たのです。今度はもうすっかりからだまで水がしみる位にぬれました。耕一はぎょっとしましたけれどもやっぱり口笛を吹いて歩いて行きました。

ところが間もなく又木のかぶさった処を通るやうになりました。それは大へんに今までとはちがって長かったのです。耕一は通る前に一ぺんその青い枝を見あげました。雫は一ぱいにたまって全く今にも落ちさうには見えましたしおまけに二度あることは三度あるとも云ふのでしたから少し立ちどまって考へて見ましたけれどもまさか三度が三度とも丁度下を通るときそれが落ちて来るといふことはないと思って少しびくびくしながらその下を急いで通って行きました。そしたらやっぱり、今度もざあっと雫が落ちて来たのです。耕一はもう少し口がまがって泣くやうになって上を見あげました。けれども何とも仕方ありませんでしたから冷たさに一ぺんぶるっとしながらもう少し行きました。すると、又ざあと来たのです。

「誰<たれ>だ。誰だ。」耕一はもうきっと誰かのいたづらだと思ってしばらく上をにらんでゐましたがしんとして何の返事もなくたゞ下の方で川がごうごう鳴るばかりでした。そこで耕一は今度は傘をさして行かうと思って足駄<あしだ>を下におろして傘を開きました。そしたら俄<にはか>にどうっと風がやって来て傘はぱっと開きあぶなく吹き飛ばされさうになりました。耕一はよろよろしながらしっかり柄をつかまへていましたらたうとう傘はがりがり風にこはされて開いた蕈<きのこ>のやうな形になりました。

耕一はたうとう泣き出してしまひました。

すると丁度それと一緒に向ふではあはあ笑ふ声がしたのです。びっくりしてそちらを見ましたらそいつは、そいつは風の又三郎でした。ガラスのマントも雫でいっぱい髪の毛もぬれて束になり赤い顔からは湯気さへ立てながらはあはあはあはあふいごのやうに笑ってゐました。

耕一はあたりがきぃんと鳴るやうに思ったくらゐ怒ってしまひました。

「何為<なにす>ぁ、ひとの傘ぶっかして。」

又三郎はいよいよひどく笑ってまるでそこら中ころげるやうにしました。

耕一はもうこらへ切れなくなって待ってゐた傘をいきなり又三郎に投げつけてそれから泣きながら組み付いて行きました。

すると又三郎はすばやくガラスマントをひろげて飛びあがってしまひました。もうどこへ行ったか見えないのです。

耕一はまだ泣いてそらを見上げました。そしてしばらく口惜<くや>しさにしくしく泣いてゐましたがやっとあきらめてその壊れた傘も持たずうちへ帰ってしまひました。そして縁側から入らうとしてふと見ましたらさっきの傘がひろげて干してあるのです。照井耕一といふ名もちゃんと書いてありましたし、さっきはなれた処<ところ>もすっかりくっつききれた糸も外<ほか>の糸でつないでありました。耕一は縁側に座りながらたうとう笑ひ出してしまったのです。

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九月七日

次の日は雨もすっかり霽<は>れました。日曜日でしたから誰<たれ>も学校に出ませんでした。たゞ耕一は昨日又三郎にあんなひどい悪戯<いたづら>をされましたのでどうしても今日は遭<あ>ってうんとひどくいぢめてやらなければと思って自分一人でもこはかったもんですから一郎をさそって朝の八時頃からあの草山の栗<くり>の木の下に行って待ってゐました。

すると又三郎の方でもどう云ふつもりか大へんに早く丁度九時ころ、丘の横の方から何か非常に考へ込んだやうな風をして鼠<ねずみ>いろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。さあ、しっかり談判しなくちゃいけないと考へて耕一はどきっとしました。又三郎はたしかに二人の居たのも知ってゐたやうでしたが、わざといかにも考へ込んでゐるといふ風で二人の前を知らないふりをして通って行かうとしました。

「又三郎、うわぁい。」耕一はいきなりどなりました。又三郎はぎょっとしたやうにふり向いて、

「おや、お早う。もう来てゐたのかい。どうして今日はこんなに早いんだい。」とたづねました。

「日曜でさ。」一郎が云ひました。

「あゝ、今日は日曜だったんだね、僕すっかり忘れてゐた。さうだ八月三十一日が日曜だったからね、七日目で今日が又日曜なんだね。」

「うん。」一郎はこたへましたが耕一はぷりぷり怒ってゐました。又三郎が昨日のことなど一言も云はずあんまりそらぞらしいもんですからそれに耕一に何も云はれないやうに又日曜のことなどばかり云ふもんですからじっさいしゃくにさはったのです。そこでたうとういきなり叫びました。

「うわぁい、又三郎、汝<うな>などぁ、世界に無くてもいゝな。うわぁぃ。」

すると又三郎はずるさうに笑ひました。

「やあ、耕一君、お早う。昨日はずゐぶん失敬したね。」

耕一は何かもっと別のことを言はうと思ひましたがあんまり怒ってしまって考へ出すことができませんでしたので又同じやうに叫びました。

「うわぁい、うわぁいだが、又三郎、うななどぁ世界中に無くてもいゝな、うわぁい。」

「昨日は実際失敬したよ。僕雨が降ってあんまり気持ちが悪かったもんだからね。」

又三郎は少し眼をパチパチさせて気の毒さうに云ひましたけれども耕一の怒りは仲々解けませんでした。そして三度同じことを繰り返したのです。

「うわぁい、うななどぁ、無くてもいゝな。うわぁい。」

すると又三郎は少し面白くなったやうでした。いつもの通りずるさうに笑って斯<か>う訊<たづ>ねました。

「僕たちが世界中になくてもいゝってどう云ふんだい。箇条を立てて云ってごらん。そら。」

耕一は試験のやうだしつまらないことになったと思って大へん口惜<くや>しかったのですが仕方なくしばらく考へてから答へました。

「汝<うな>などぁ悪戯<いたづら>ばりさな。傘<かさ>ぶっ壊<か>したり。」

「それから? それから?」又三郎は面白さうに一足進んで云ひました。

「それがら、樹<き>折ったり転覆<おつけあ>したりさな。」

「それから? それから、どうだい。」

「それがら、稲も倒さな。」

「それから? あとはどうだい。」

「家もぶっ壊<か>さな。」

「それから? それから? あとはどうだい。」

「砂も飛ばさな。」

「それから? あとは? それから? あとはどうだい。」

「シャッポも飛ばさな。」

「それから? それから? あとは? あとはどうだい。」

「それがら、うう、電信ばしらも倒さな。」

「それから? それから? それから?」

「それがら、塔も倒さな。」

「アアハハハ、塔は家のうちだい、どうだいまだあるかい。それから? それから?」

「それがら、うう、それがら、」耕一はつまってしまひました。大抵もう云ってしまったのですからいくら考へてももう出ませんでした。

又三郎はいよいよ面白さうに指を一本立てながら
「それから? それから? ええ? それから。」と云ふのでした。耕一は顔を赤くしてしばらく考へてからやっと答へました。

「それがら、風車もぶっ壊<か>さな。」

すると又三郎は今度こそはまるで飛びあがって笑ってしまひました。笑って笑って笑ひました。マントも一緒にひらひら波を立てました。

「そうらごらん、たうとう風車などを云っちゃった。風車なら僕を悪く思っちゃゐないんだよ。勿論<もちろん>時々壊すこともあるけれども廻してやるときの方がずうっと多いんだ。風車ならちっとも僕を悪く思っちゃゐないんだ。うそと思ったら聴いてごらん。お前たちはまるで勝手だねえ、僕たちがちっとばっかしいたづらすることは大業<おおぎやう>に悪口を云っていゝとこはちっとも見ないんだ。それに第一お前のさっきからの数へやうがあんまりをかしいや。うう、ううてばかりゐたんだらう。おしまひはたうとう風車なんか数へちゃった。ああをかしい。」

又三郎は又泪<なみだ>の出るほど笑ひました。

耕一もさっきからあんまり困ったために怒ってゐたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい又三郎と一所にわらひだしてしまったのです。さあ又三郎のよろこんだこと俄<には>かにしゃべりはじめました。

「ね、そら、僕たちのやるいたづらで一番ひどいことは日本ならば稲を倒すことだよ、二百十日から二百二十日ころまで、昔はその頃ほんたうに僕たちはこはがられたよ。なぜってその頃は丁度稲に花のかゝるときだらう。その時僕たちにかけられたら花がみんな散ってしまってまるで実にならないだらう、だから前は本当にこはがったんだ、僕たちだってわざとするんぢゃない、どうしてもその頃かけなくちゃいかないからかけるんだ、もう三四日たてばきっと又さうなるよ。けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いてゐる稲なんか一本もないだらう、大抵もう柔らかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬くさへなってるよ、僕らがかけてあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとりいれが減りはしないんだ。だから結局何でもないさ。それからも一つは木を倒すことだよ。家を倒すなんてそんなことはほんの少しだからね、木を倒すことだよ、これだって悪戯<いたづら>ぢゃないんだよ。倒れないやうにして置けぁいゝんだ。葉の濶<ひろ>い樹なら丈夫だよ。僕たちが少しぐらゐひどくぶっつかっても仲々倒れやしない。それに林の樹が倒れるなんかそれは林の持主が悪いんだよ。林を伐<き>るときはね、よく一年中の強い風向を考へてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまづ僕たちのこと悪く云ふ前によく自分の方に気をつけりゃいゝんだよ。海岸ではね、僕たちが波のしぶきを運んで行くとすぐ枯れるやつも枯れないやつもあるよ。苹果<りんご>や梨<なし>やまるめろや胡瓜<きうり>はだめだ、すぐ枯れる、稲や薄荷<はくか>やだいこんなどはなかなか強い、牧草なども強いねえ。」

又三郎はちょっと話をやめました。耕一もすっかり機嫌を直して云ひました。

「又三郎、おれぁあんまり怒<ごしや>で悪がた。許せな。」

すると又三郎はすっかり悦<よろこ>びました。

「あゝありがたう、お前はほんたうにさっぱりしていゝ子供だねえ、だから僕はおまへはすきだよ、すきだから昨日もいたづらしたんだ、僕だっていたづらはするけれど、いゝことはもっと沢山するんだよ、そら数へてごらん、僕は松の花でも楊<やなぎ>の花でも草棉の毛でも運んで行くだらう。稲の花粉だってやっぱり僕らが運ぶんだよ。それから僕が通ると草木はみんな丈夫になるよ。悪い空気も持って行っていゝ空気も運んで来る。東京の浅草のまるで濁った寒天のやうな空気をうまく太平洋の方へさらって行って日本アルプスのいゝ空気だって代りに持って行ってやるんだ。もし僕がゐなかったら病気も湿気もいくらふえるか知れないんだ。ところで今日はお前たちは僕にあふためにばかりこゝへ来たのかい。けれども僕は今日は十時半から演習へ出なけぁいけないからもう別れなけぁならないんだ。あした又来ておくれ。ね、ぢゃ、さよなら。」

又三郎はもう見えなくなってゐました。一郎と耕一も「さよなら」と云ひながら丘を下りて学校の誰<たれ>もゐない運動場で鉄棒にとりついたりいろいろ遊んでひるころうちへ帰りました。

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九月八日

その次の日は大へんいゝ天気でした。そらには霜の織物のやうな又白い孔雀<くじやく>のはねのやうな雲がうすくかかってその下を鳶<とんび>が黄金<きん>いろに光ってゆるく環<わ>をかいて飛びました。

みんなは、
「とんびとんび、とっとび。」とかはるがはるそっちへ叫びながら丘をのぼりました。そしていつもの栗の木の下へかけ上るかあがらないうちにもう又三郎のガラスの沓<くつ>がキラッと光って又三郎は一昨日<をととひ>の通りまじめくさった顔をして草に立ってゐました。

「今日は退屈だったよ。朝からどこへも行きゃしない。お前たちの学校の上を二三べんあるいたし谷底へ二三べん下りただけだ。ここらはずゐぶんいゝ処だけれどもやっぱり僕はもうあきたねえ。」又三郎は草に足を投げ出しながら斯<か>う云ひました。

「又三郎さん北極だの南極だのおべだな。」

一郎は又三郎に話させることになれてしまって斯う云って話を釣り出さうとしました。

すると又三郎は少し馬鹿にしたやうに笑って答へました。

「ふん、北極かい。北極は寒いよ。」

ところが耕一は昨日からまだ怒ってゐましたしそれにいまの返事が大へんしゃくにさわりましたので
「北極は寒いかね。」とふざけたやうに云ったのです。さあすると今度は又三郎がすっかり怒ってしまひました。

「何だい、お前は僕をばかにしようと思ってるのかい。僕はお前たちにばかにされぁしないよ。悪口を云ふならも少し上手にやるんだよ。何だい、北極は寒いかねってのは、北極は寒いかね、ほんたうに田舎くさいねえ。」

耕一も怒りました。

「何した、汝<うな>などそだら東京だが。一年中うろうろど歩ってばがり居でいだづらばがりさな。」

ところが奇体なことは、斯<か>う云ったとき、又三郎が又俄<には>かによろこんで笑ひ出したのです。

「もちろん僕は東京なんかぢゃないさ。一年中旅行さ。旅行の方が東京よりは偉いんだよ。旅行たって僕のはうろうろぢゃないや。かけるときはきぃっとかけるんだ。赤道から北極まで大循環さへやるんだ。東京なんかよりいくらいゝか知れない。」

耕一はまだ怒ってにぎりこぶしをにぎってゐましたけれども又三郎は大機嫌<だいきげん>でした。

「北極の話聞かせなぃが。」一郎が又云ひました。すると又三郎はもっとひどくにこにこしました。

「大循環の話なら面白いけれどむづかしいよ。あんまり小さな子はわからないよ。」

「わがる。」一年生の子が顔を赤くして叫びました。

「わかるかね。僕は大循環のことを話すのはほんたうはすきなんだ。僕は大循環は二遍やったよ。尤<もつと>も一遍は途中からやめて下りたけれど、僕たちは五遍大循環をやって来ると、もうそれぁ幅が利くんだからね、だからみんなでかけるんだよ、けれども仲々うまく行かないからねえ、ギルバート群島からのぼって発<た>ったときはうまくいったけれどねえ、ボルネオから発ったときはすっかりしくぢっちゃったんだ。それでも面白かったねえ、ギルバート群島の中の何と云ふ島かしら小さいけれども白壁の教会もあった、その島の近くに僕は行ったねえ、行くたって仲々容易ぢゃないや、あすこらは赤道無風帯ってお前たちが云ふんだらう。僕たちはめったに歩けやしない。それでも無風帯のはじの方から舞ひ上ったんぢゃ中々高いとこへ行かないし高いとこへ行かなきゃ北極だなんて遠い処へも行けないから誰<たれ>でもみんななるべく無風帯のまん中へ行かう行かうとするんだ。僕は一生けん命すきをねらってはひるのうちに海から向ふの島へ行くやうにし夜のうちに島から又向ふの海へ出るやうにして何べんも何べんも戻ったりしながらやっとすっかり赤道まで行ったんだ。赤道には僕たちが見るとちゃんと白い指導標が立ってゐるよ。お前たちが見たんぢゃわかりゃしない。大循環志願者出発線、これより北極に至る八千九百ベェスター南極に至る八千七百ベェスターと書いてあるんだ。そのスタートに立って僕は待ってゐたねえ、向ふの島の椰子<やし>の木は黒いくらゐ青く、教会の白壁は眼へしみる位白く光ってゐるだらう。だんだんひるになって暑くなる、海は油のやうにとろっとなってそれでもほんの申しわけに白い波がしらを振ってゐる。

ひるすぎの二時頃になったらう。島で銅鑼<どら>がだるさうにぼんぼんと鳴り椰子の木もパンの木も一ぱいにからだをひろげてだらしなくねむってゐるやう、赤い魚も水の中でもうふらふら泳いだりじっととまったりして夢を見てゐるんだ。その夢の中で魚どもはみんな青ぞらを泳いでゐるんだ。青ぞらをぷかぷか泳いでゐると思ってゐるんだ。魚といふものは生意気なもんだねえ、ところがほんたうは、その時、空を騰<のぼ>って行くのは僕たちなんだ、魚ぢゃないんだ。もうきっとその辺にさへ居れや、空へ騰って行かなくちゃいけないやうな気がするんだ。けれどものぼって行くたってそれはそれはそおっとのぼって行くんだよ。椰子の樹の葉にもさはらず魚の夢もさまさないやうにまるでまるでそおっとのぼって行くんだ。はじめはそれでも割合早いけれどもだんだんのぼって行って海がまるで青い板のやうに見え、その中の白いなみがしらもまるで玩具<おもちや>のやうに小さくちらちらするやうになり、さっきの島などはまるで一粒の緑柱石の<りよくちゆうせき>のやうに見えて来るころは、僕たちはもう上の方のずうっと冷たい所に居てふうと大きく息をつく、ガラスのマントがぱっと曇ったり又さっと消えたり何べんも何べんもするんだよ。けれどもたうとうすっかり冷くなって僕たちはがたがたふるへちまふんだ。さうすると僕たちの仲間はみんな集って手をつなぐ。そしてまだまだ騰<のぼ>って行くねえ、そのうちたうとうもう騰れない処まで来ちまふんだよ。その辺の寒さなら北極とくらべたってそんなに違やしない。その時僕たちはどうしても北の方に行かなきゃいけないやうになるんだ。うしろの方では
『あゝ今度はいよいよ、かけるんだな。南極はこゝから八千七百ベェスターだねえ、ずゐぶん遠いねえ』なんて云ってゐる、僕たちもふり向いて、ああさうですね、もうお別れです、僕たちはこれから北極へ行くんです、ほんの一寸の間でしたね、ご一緒したのも、ぢゃさよならって云ふんだよ。もうそう云ってしまふかしまはないうち僕たち北極行きの方はどんどんどんどん走り出してゐるんだ。咽喉もかわき息もつかずまるで矢のやうにどんどんどんどんかける。それでも少しも疲れぁしない、ただ北極へ北極へとみんな一生けん命なんだ。下の方はまっ白な雲になってゐることもあれば海か陸かたゞ蒼黝<あをぐろ>く見えることもある、昼はお日さまの下を夜はお星さまたちの下をどんどんどんどんかけて行くんだ。ほんたうにもう休みなしでかけるんだ。

ところがだんだん進んで行くうちに僕たちは何だかお互の間が狭くなったやうな気がして前はひとりで広い場所をとって手だけつなぎ合ってかけて居たのが今度は何だかとなりの人のマントとぶっつかったり、手だって前のやうにのばして居られなくなって縮まるんだらう。それがひどく疲れるんだよ。もう疲れて疲れて手をはなしさうになるんだ。それでもみんな早く北極へ行かうと思ふから仲々手をはなさない、それでもたうとうたまらなくなって一人二人づつ手をはなすんだ。そして
『もう僕だめだ。おりるよ。さよなら。』
とずうっと下の方で聞えたりする。

二日ばかりの間に半分ぐらゐになってしまった。僕たちは新らしい仲間と又手をつないでお互顔を見合せながらどこまでもどこまでも北を指して進むんだ。先頃<せんころ>僕行って挨拶して来たをぢさんはもう十六回目の大循環なんだ。飛びやうだってそれぁ落ち着いてゐるからね、僕が下から、をぢさん、大丈夫ですかって云ったらをぢさんは大きな大きなまるで僕なんか四人も入るやうなマントのぼたんをゆっくりとかけながら、うん、お前は今度はタスカロラのはじに行くことになってるのだな、おれはタスカロラにはあさっての朝着くだらう。戻りにどこかで又あふよ。あんまり乱暴するんぢゃないよってんだ。僕がえゝ、あばれませんからと云ったときはをぢさんはもうずうっと向ふへ行ってゐてそのマントのひろいせなかが見えてゐた、僕がさう云ってもたゞ大きくうなづいただけなんだ。えらいだらう。ところが僕たちのかけて行ったときはそんなにゆっくりしてはゐなかった。みんな若いものばかりだからどうしても急ぐんだ。

『ここの下はハワイになってゐるよ。』なんて誰<たれ>か叫ぶものもあるねえ、どんどんどんどん僕たちは急ぐだらう。にはかにポーッと霧の出ることがあるだらう。お前たちはそれがみんな水玉だと考へるだらう。さうぢゃない、みんな小さな小さな氷のかけらなんだよ、顕微鏡で見たらもういくらすきとほって尖<とが>ってゐるか知れやしない。

そんな旅を何日も何日もつゞけるんだ。

ずゐぶん美しいこともあるし淋しいこともある。雲なんかほんたうに奇麗なことがあるよ。」

「赤くてが。」耕一がたづねました。

「いゝや、赤くはないよ。雲の赤くなるのは戻りさ。南極か北極へ向いて上の方をどんどん行くときは雲なんか赤かぁないんだよ。赤かぁないんだけれど、それあ美しいよ。ごく淡いいろの虹<にじ>のやうに見えるときもあるしねえ、いろいろなんだ。

だんだん行くだろう。そのうちに僕たちは大分低く下ってゐることに気がつくよ。

夜がぼんやりうすあかるくてそして大へんみじかくなる。ふっと気がついて見るともう北極圏に入ってゐるんだ。海は蒼黝<あをぐろ>くて見るから冷たそうだ。船も居ない。そのうちにたうとう僕たちは氷山を見る。朝ならその稜<かど>が日に光ってゐる。下の方に大きな白い陸地が見えて来る。それはみんながちがちの氷なんだ。向ふの方は灰のやうなけむりのやうな白いものがぼんやりかかってよくわからない。それは氷の霧なんだ。ただその霧のところどころから尖ったまっ黒な岩があちこち朝の海の船のやうに顔を出してゐるねえ。

『あすこはグリーンランドだよ。』僕たちは話し合ふんだ。いままでどこをとんでいたのかもう今度で三度目だなんていふ少し大きい方の人などが大威張<おおゐばり>でやって来ていろいろその辺のことなど云ふんだ。

『そら、あすこのとこがゲーキイ湾だよ。知ってるだろう。英国のサア、アーキバルド、ゲーキーの名をつけた湾なんだ。ごらんそら、氷河ね、氷河が海にはひるねえ、あれで少しづつ押されてだんだん喰<は>み出してるんだよ、そしてたうとう氷河から断<き>れて氷山にならあね。あっちは? あっちが英国さ、ここはもう地球の頂上だからどっちへ行くたって近いやね、少し間違えば途方もない方へ降りちまふよ。あっち? あっちが英国さ。』なんてほんたうに威張ってるんだ。僕たちはもう殆<ほと>んど東の方へ東の方へと北極を一まわりするやうになるんだ。この時だよ、僕らのこはいのは。大循環でいちばんこはいのはこの時なんだよ、この僕たちのまはるもっと中の方に極渦といって大きな環があるんだ。その環にはひったらもう仲々出られない。卑怯<ひけふ>なものはそれでもみんな入っちまふう。環のまん中に名高い、ヘルマン大佐がゐるんだ。人間ぢゃないよ。僕たちの方のだよ。ヘルマン大佐はまっすぐに立って腕を組んでじろじろあたりをめぐってゐるものを見てゐるねえ、そして僕たちの眼の色で卑怯だったものをすぐ見わけるんだ。そして

『こら、その赤毛、入れ。』と斯<か>う云ふんだ。そう云われたらもうおしまいだ極渦の中へはひってぐるぐるぐるぐるまはる、仲々出ていゝとは云はないんだ。だから僕たちそのときは本当に緊張するよ。けれどもなんにも卑怯をしないものは割合平気だねえ、大循環の途中でわざとつかれた隣りの人の手をはなしたものだの早くみんなやめるといゝと考へてきろきろみんなの足なみを見たりしたものはどれもすっかり入れられちまふんだ。

そのうちだんだん僕らはめぐるだろう。そして下の方におりるんだ。おしまひはまるで海とすれすれになる。そのときあちこちの氷山に、大循環到着者はこの附近に於<おい>て数日間休養すべし、帰路は各人の任意なるも障碍<しやうがい>は来路に倍するを以て充分の覚悟を要す。海洋は摩擦<まさつ>少きも却<かへ>って速度は大ならず。最も愚鈍なるもの最も賢きものなり、といふ白い杭<くひ>が立ってゐる。これより赤道に至る八千六百ベスターといふやうな標もあちこちにある。だから僕たちはその辺でまあ五六日はやすむねえ、そしてまったくあの辺は面白いんだよ。白熊<しろくま>は居るしね、テッデーベーヤさ。あいつはふざけたやつだねえ、氷のはじに立ってとぼけた顔をしてじっと海の水を見てゐるかと思ふと俄<には>かに前脚<まへあし>で頭をかゝへるやうにしてね、ざぶんと水の中へ飛び込むんだ。するとからだ中の毛がみんなまるで銀の針のやうに見えるよ。あっぷあっぷ溺<おぼ>れるまねをしたりなんかもするねえ、そんなことをしてふざけながらちゃんと魚をつかまへるんだからえらいや、魚をつかまへてこんどは大威張りで又氷にあがるんだ。魚といふものは本当にばかなもんだ、ふざけてさへ居れば大丈夫こはくないと思ってるんだ。白熊はなかなか賢いよ。それからその次に面白いのは北極光<オーロラ>だよ。ぱちぱち鳴るんだ、ほんたうに鳴るんだよ。紫だの緑だのずゐぶん奇麗な見世物だよ、僕らはその下で手をつなぎ合ってぐるぐるまはったり歌ったりする。

そのうちたうとう又帰るやうになるんだ。今度は海の上を渡って来る。あ、もう演習の時間だ。あした又話すからね。ぢゃさよなら。」又三郎は一ぺんに見えなくなってしまひました。みんなも丘をおりたのです。

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九月九日

「北極は面白いけれどもそんなに長くとまってゐる処<とこ>ぢゃない。うっかりはせまはってふらふらしてゐるとこなどを、ヘルマン大佐になど見られようもんならさっそく、おいその赤毛、入れ、なんて来るからねえ、いくら面白いたって少し疲れさへなほったら出発をはじめるんだよ。帰りはもう自由だからみんなで手をつながなくてもいゝんだ。気の合った友達と二人三人づつ向ふの隙<す>き次第出掛けるだろう。僕の通って来たのはベーリング海峡から太平洋を渡って北海道へかかったんだ。どうしてどうして途中のひどいこと前に高いとこをぐんぐんかけたどこぢゃない、南の方から来てぶっつかるやつはあるし、ぶっつかったときは霧ができたり雨をちらしたり負ければあと戻りをしなけぁいけないし丁度力が同じだとしばらくとまったりこの前のサイクルホールになったりするし勝ったってよっぽど手間取るんだからそらぁ実際気がいらいらするんだよ。喧嘩<けんくわ>だってずゐぶんするよ。けれども決して卑怯<ひけふ>はしない。そら僕らが三人ぐらゐ北の方から少し西へ寄って南の方へ進んで行くだろう、向ふから丁度反対にやって来るねえ、こっちが三人で向ふが十人のこともある、向ふが一人のこともある、けれども勝まけは人数ぢゃない力なんだよ、人数へ速さをかけたものなんだよ、

君たちはどこまで行かうっての、こっちが遠くからきくねえ、アラスカだよ。向ふが答へるだろう。冗談ぢゃないや、アラスカなんか行くとこはありゃしない。僕たちがそっちから来たんぢゃないか。いゝや、行くやうに云われて来たんだ、さあ通してお呉<く>れ、いいや僕たちこそ大循環なんだ、よくマークを見てごらん、大循環と云われると大抵誰<たれ>でも一寸<ちよつと>顔いろを和らげてマークをよく見るねえ、はじめから、ああ大循環だ通してやれなんて云ふものもそれぁあるよ。けれども仲々大人なんかにはたちの悪いのもあるからね、なんだ、大循環だ、かっぱめ、ばかにしやがるな。どけ。なんてわざと空っぽな大きな声を出すものもあるんだ。いゝえどかれません、ぢゃ法令の通りボックシングをやりましょうとなるだろう、勝つことも負けることもある、けれども僕は卑怯は嫌<きら>ひだからねえ、もしすきをねらって遁げたりするものがあってもそんなやつを追ひかけやしない、あとでヘルマン大佐につかまるよってだけ云ふんだ。しずかな日きまった速さで海面を南西へかけて行くときはほんたうにうれしいねえ、そんな日だって十日に三日はあるよ、そう云ふにして丁度北極から一ヶ月目に僕は津軽海峡を通ったよ、あけがたでね、凾館<はこだて>の砲台のある山には低く雲がかかってゐる、僕はそれを少し押しながら進んだ、海すずめが何重もの環になって白い水にすれすれにめぐってゐる、かもめも居る、船も通る、えとろふ丸なんて云ふ荷物を一杯に積んだ大きな船もあれば白く塗られた連絡船もある。そうそう、そのとき僕は北海道の大学の伊藤さんにも会った。あの人も気象をやってるから僕は知ってゐる。

それから僕は少し南へまっすぐに朝鮮へかかったよ。あの途中のさびしかったことね、僕はたった一人になってゐたもんだから、雲は大へんきれいだったし邪魔もあんまりなかったけれどもほんたうにさびしかったねえ、朝鮮から僕は又東の方へ西風に送られて行ったんだ。海の中ばかりあるいたよ。商船の甲板でシガアの紫の煙をあげるチーフメートの耳の処で、もしもしお子さんはもう歩いておいでですよ、なんて云って行くんだ。船の上の人たちへの僕たちの挨拶は大抵斯<こ>んな工合<ぐあひ>なんだよ、

上の方を見るとあの冷たい氷の雲がしずかに流れてゐる。さうだあすこを新らしい大循環の志願者たちが走って行く。いつ又僕は大循環へ入るだろう、ああもう二十日かそこらでこんどのは卒業するんだ、と考へるとほんたうに何とも云へずうれしい気がするねえ。」

「おらの方の試験ど同じだな。」耕一が云ひました。

「うん、だけどおまへたちの試験よりはむづかしいよ。お前たちの試験のやうなもんならたゞ毎日学校へさへ来てゐれば遊んでいても卒業するだろう。」又三郎はきっと誰<たれ>か怒るだらうと思って少し口をまげて笑ひながら斯<か>う云ひました。

「おらの方だて毎日学校さ来るのひでぢゃぃ。」耕一が大して怒ったでもなしに斯う云ひました。

「ふん、そうかい、誰だって同じことだな。さあ僕は今日もいそがしい。もうさよなら。」

又三郎のかたちはもうみんなの前にありませんでした。みんなはばらばら丘をおりました。

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九月十日

「ドッドド、ドドウド、ドドウド、ドドウ、
  ああまいざくろも吹きとばせ、
  すっぱいざくろも吹きとばせ、
  ドッドド、ドドウド、ドドウド、ドドウ
  ドッドド、ドドウド、ドドウド、ドドウ。」

先頃<せんころ>又三郎から聴いたばかりのその歌を一郎は夢の中で又きいたのです。

びっくりして跳ね起きて見ましたら外ではほんたうにひどく風が吹いてうしろの林はまるで咆<ほ>えるやう、あけがた近くの青ぐろいうすあかりが障子や棚の上の提灯箱<ちやうちんばこ>や家中いっぱいでした。

一郎はすばやく帯をしてそれから下駄<げた>をはいて土間に下り馬屋の前を通って潜<くぐ>りをあけましたら風がつめたい雨のつぶと一緒にどうっと入って来ました。馬屋のうしろの方で何かの戸がばたっと倒れ馬はぶるるっと鼻を鳴らしました。

一郎は風が胸の底まで滲み込んだやうに思ってはあと強く息を吐きました。そして外へかけ出しました。

外はもうよほど明るく土はぬれて居<を>りました。家の前の栗の木の列は変に青く白く見えてそれがまるで風と雨とで今洗濯をするとでも云ふやうに烈しくもまれてゐました。青い葉も二三枚飛び吹きちぎられた栗のいがは黒い地面にたくさん落ちて居りました。

空では雲がけわしい銀いろに光りどんどんどんどん北の方へ吹きとばされてゐました。

遠くの方の林はまるで海が荒れてゐるやうにごとんごとんと鳴ったりざあと聞こえたりするのでした。一郎は顔や手につめたい雨の粒を投げつけられ風にきものも取って行かれさうになりながらだまってその音を聴きすましじっと空を見あげました。もう又三郎が行ってしまったのだろうかそれとも先頃<せんころ>約束したやうに誰かの目をさますうち少し待って居て呉れたのかと考へて一郎は大へんさびしく胸がさらさら波をたてるやうに思ひました。けれども又じっとその鳴って吠<ほ>えてうなってかけて行く風をみてゐますと今度は胸がどかどかなってくるのでした。昨日まで丘や野原の空の底に澄みきってしんとしてゐた風どもが今朝夜あけ方俄<には>かに一斉に斯<か>う動き出してどんどんどんどんタスカロラ海床の北のはじをめがけて行くことを考へますともう一郎は顔がほてり息もはあ、はあ、なって自分までが一緒に空を翔<か>けて行くやうに胸を一杯にはり手をひろげて叫びました。

「ドッドドドドウドドドウドドドウ、あまいざくろも吹きとばせ、すっぱいざくろも吹きとばせ、ドッドドドドウドドドウドドドウ、ドッドドドドウドドドードドドウ。」

その声はまるできれぎれに風にひきさかれて持って行かれましたがそれと一緒にうしろの遠くの風の中から、斯ういふ声がきれぎれに聞えたのです。

「ドッドドドドウドドドウドドドウ、
  楢<なら>の木の葉も引っちぎれ
  とちもくるみもふきおとせ
  ドッドドドドウドドドウドドドウ。」

一郎は声の来た栗の木の方を見ました。俄かに頭の上で

「さよなら、一郎さん、」と云ったかと思ふとその声はもう向ふのひのきのかきねの方へ行ってゐました。一郎は高く叫びました。

「又三郎さん。さよなら。」

かきねのずうっと向ふで又三郎のガラスマントがぎらっと光りそれからあの赤い頬<ほほ>とみだれた赤毛とがちらっと見えたと思ふと、もうすうっと見えなくなってたゞ雲がどんどん飛ぶばかり一郎はせなか一杯風を受けながら手をそっちへのばして立ってゐたのです。

「あゝ烈<ひ>で風だ。今度はすっかりやらへる。一郎。ぬれる、入れ。」いつか一郎のおぢいさんが潜<くぐ>りの処でそらを見あげて立ってゐました。一郎は早く仕度をして学校へ行ってみんなに又三郎のさやうならを伝へたいと思って少しもどかしく思ひながらいそいで家の中へ入りました。

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新修 宮沢賢治全集第九巻 童話U
編集(宮沢清六 入沢康夫 天沢退二郎)
後記(天沢退二郎)
筑摩書房 1979(昭和54)年7月15日初版発行
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