とは言っても、ミクロの世界のことですから「細胞」を眼で見るには顕微鏡の力を借りなくてはなりません。ところがたった一つ例外があります。それは「卵」の黄身(卵黄)なのです。従ってこの地球上に現存していて、眼でみることの出きる最大の「細胞」はダチョウの卵の卵黄(直径6p)ということになります。
こうした細胞の塊である食材を、適正に調理・加工するには、個々の細胞の構造そのものと、集合体としての組織(素材)の、どこに旨味が存在するのかということを知っていなければなりません。
魚を例にとってみますと、魚が生きている間の旨味は、細胞膜にかこまれた細胞の中にすべて存在します。しかし、魚が死んでからは、酵素や外から侵入した細菌によって細胞膜が破壊される為、旨味が組織の外へ流失してしまいます。こうした状態を私達は、「ドリップが流れる」と表現しています。鮮度が落ちて味が悪くなるのは、こうした理由によるものです。通常細胞には、水が85%含まれており、他にタンパク質、糖質、リボ核酸等で構成されています。従って、私達が食物を美味しく食べるには、細胞が健全な状態のもの(鮮度の良さ)が第一の必須条件となります。
そして第二が調理方法と調味料の使い方ということになります。
私達は食物を咀嚼して飲み込むという行為を繰返しながら、食事をしている訳ですが、唇から喉まで僅か20p程の距離、時間にしてせいぜい数分の間に、「美味しい」・「まずい」を判断してしまいます。ここで問題になるのが、その食材を構成している細胞の細胞膜の強弱と旨味物質の多寡なのです。特に細胞膜の丈夫な素材の場合は、咀嚼や唾液による分解が不十分な為、旨味を感じないまま呑み込んでしまうことも多いのです。
一般に「まずい」と言われているものは「安い」のが通例です。しかし調理の未熟さ故に「まずい」と断定されてしまっているものはないのでしょうか。もしあるとすれば食材に申し訳ないことになってしまいます。そのままでは感じにくい「隠れた旨味」を調理方法や調味料の力を借りて引き出すことこそ調理の基本だと思うのです。
幸いこの国の調味料は、健康保持や旨味に欠かせないアミノ酸類を多量に含んでおり、いずれも麹菌等微生物の力を借りて醸造・醗酵という工程で造られているものばかりです。こればかりは如何に科学技術が進歩しようとも決して真似のできない分野だと思います。今こそ基本調味料と言われている醤油、味噌、酢、酒等の機能を再検証すべきではないでしょうか。「まずい」と思っていたものを美味しく食べられた時のシアワセ感は思わずバンザイをしてしまうほどです。
いささか理屈っぽくなって御免なさい。料理研究家や職人さんたちとは違う切り口で食を考えるのが私の使命ですのでご容赦ください。
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