○はじめに
「ここでよければ、何つくってもいいよ」。そういわれて、自給用の家庭菜園をしたいと、農地を借りたのです。もちろん、休耕田でした。早春だったので、土の状態もわからないまま、借りてしまったのです。「シマッタ!」とあとで後悔しましたが、時すでに遅し。
当然のことですが、あそんでいる農地でも、よい土地を貸してくれるわけではないのです。重粘土で水はけが悪い、条件としては最悪でした。でも私はめげません。これこそ絶好の機会だと思い立ち、劣悪な土地を、いかに短時日でよい土にできるか?腕の見せどころだと、一念発起。でも精出して土つくりをしたわけではありません。そこはそれ、私のグウタラ虫が出てくるのです。ようし!手抜きでやってみよう!こうして8年前にスタートしたぐうたら家庭菜園は、何回か場所を変えながら(土がよくなると、返せ!といわれる)、徹底した手抜きで、作物をつくったのです。その成果たるや、近所の農家が、私より先にこっそりとサツマイモの試し掘りをしてくれるほどでした。
「ぐうたら百姓」は、まだ完成の域に達したとはとうていいえません。でも、ここ5年ほどずっと考えてきて、あらかたの完成予想図というか、「こんな農地でどうだろう」とおもえるような姿は、眼を閉じると浮かんできます。その予想図を、土・作物・栄養のありかた・病害虫・雑草、などにわけてスケッチ風に描いてゆきたいと思います。まず、なによりも土です。土がよくならないと、ぐうたらはできません。
土とは何かを知ってほしい
○月には土がなく、ただの岩屑しかない
土つくりをどうすればよいか。手抜きで土つくりをするには、土を知らなければなりません。では、土とはなんでしょう。土はもともと岩石が風化したものです。この風化が大事なのです。岩石が粉になっただけでは土になったとはいえません。月の表面には岩石の粉はありますが、土はありません。月には水も空気もありませんし、なによりも生き物がいないのです。だから岩石は風化しないのです。ではなぜ、地球では岩石が風化して土になるのでしょう。
○土はどうしてできるか
その答は、雨です。雨には炭酸ガスが溶け、その一部はイオンになります。炭酸は弱酸性ですが、いろんなイオンを水に溶かす力をもっています。炭酸から遊離した水素イオンが、岩石からカリウム・カルシウム・マグネシウム・ナトリウムなどを溶かしだすのです。炭酸の威力は鍾乳洞ができることでわかるでしょう。「雨垂れ、石をも穿つ」という諺がありますが、まさしくそのとおり、時間をかければ大鍾乳洞だってできてしまうのです。
カリウムをはじめ、いろんなイオンが溶けだすと岩石はボロボロになります。もちろん岩石の主成分であるケイ酸も水に溶けてきます。水はいろんな物質を溶かしだす能力をもっているのです。ケイ酸は水にたくさん溶けるわけではありません。そのため水分が蒸発したり、温度が低くなると、余分なケイ酸は水に溶けずに沈殿します。そのときゆっくりと沈殿すればケイ酸はもういちど結晶になります。これが粘土なのです。月には水や空気がないし、たとえ水があったところで温度が低いのでカチカチに凍っているでしょう。だからケイ酸も溶けないので粘土ができないのです。
○土は生きている
土は、岩石が風化したものや、風化によってできた粘土などの無機物だけではありません。土の中にはたくさんの生き物がいます。それも土をつくるたいせつな役割をもっています。土の上に植物が生えていることも重要です。
植物は根から養分を吸収するとき、水素イオンを放出します。カリウムイオンを1個根にとりこむと、水素イオン1個が交代で根からでてくるのです。この水素イオンは炭酸とおなじ働きをして、風化をうながすことができるのです。ちなみに、植物の根が張っているまわりの土は、根のない土にくらべるとpHが低くなっています。
ところで、落ち葉がたくさんつもった森の土を見たことがありますか。下図には森林土壌の断面がえがかれています。いちばん上にある落ち葉は、まだ葉のかたちをしています。それを除いて下を見てみましょう。すると、色が黒ずんだ葉には白い菌糸がついているのが目につきます。よく見ると、葉脈だけになっているものもあります。これはきっと、ヤスデが食べたにちがいありません。葉の表面には白いちいさな虫がいます。指を近づけると、パッとどこかへとんでしまいました。トビムシです。ダンゴムシやミミズもでてきました。落ち葉は、ちょうど分解の真最中なのです。顕微鏡でのぞくと、線虫(センチュウ)・ヒメミミズ・ダニなど、いろんな生き物がたくさんいるのがわかります。
いったい、肥沃な土壌の中にはどんな生き物が、どれくらいいるのでしょう。人間が片足を土の上に置いたとして、その下には、ミミズ10頭・ヒメミミズ1000頭・ダニ数百頭・トビムシ100頭・線虫(センチュウ)10万頭、ササラダニ1000頭などの土壌動物がたくさんすんでいるのです。土壌動物だけではありません。カビ・放線菌・細菌などの微生物もたくさんいます。肥沃な土壌では1グラムの土におよそ1億もの微生物がいるのです。
もう少し下を掘ってみましょう。すると、どれが葉なのかまったくわかりません。真っ黒な有機物のかたまりになっています。これは葉が分解したあとなのです。「腐植」と呼んでいるものです。その下には腐植がはいりこんだ柔らかくて黒い土がでてきます。植物の根、腐植層と黒い土のところを、水平にびっしりとひろがっているのがわかります。もっと土を下へ掘ってゆくと、次第に土の黒さは薄くなり、茶色や赤みが強くなってきます。植物の根もしだいにまばらになってきます。このへんまでが生きている土の限界でしょう。その下には岩石が風化したばかりの土がでてくるからです。
えっ?どうして土が黒くなるのかって?それは、土のなかにすんでいる生き物が、土をかきまぜるからです。土のなかを上下左右に、トンネルを掘ったりして、行き来しながら、まぜこぜにするからです。ミニミニ耕うん機とでもいいましょうか。
土の断面は、森や林のなかで簡単に見ることができます。ただし、スギやヒノキの植林ではなく、広葉樹があるところへ行ってください。順序よく掘りおこして、観察がすんだら、そっと、元にもどしてあげましょう。ひっくり返しただけでほうっておくと、土のなかの生き物が死んでしまいますから。
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